今日も、明日も、明後日も、



(あーあ、今日もいないでやんの)

もう何日、こんな風に朝からため息をついただろう。
某エース様とのジャンケンに連日負けたって、こんな気持ちになんかならないのに。つか、そもそも気持ちの種類が違うっつーか。

「高尾、さっさと漕ぐのだよ」
「分かってる、っつーの! 乗ってる、だけなんだから、黙ってろ、よ!!」

うちのエース様はオレに考えることさえ許してくれないらしい。

(ったく、こんなとこあの人には見られなくねーなぁ……)

オレのいう『あの人』てのは、名前も知らない、年上のお姉さん。
なんていうか、その、あれだよ。あれ。ほら、片想いっていう……はいはい、似合わないってのは自分が一番分かってるっての!!

初めて会った時のことはハッキリ覚えてる。
オレがチャリにリアカーつけて走ってて、人は乗せてなくてもやっぱり少しばかりキツくて。目的地に到着する前に一休みしてたところで、お姉さんが通りがかった。
(あー、見られてる。めっちゃ見られてる)
確かに、今時こんな自転車乗ってたら見られる、つーかどの時代でも制服着てこんなん乗ってたら目立ちますよねー! なんて遠い目してたら、

「おはよう。頑張って」
「あ、はい。おはようございます。頑張り、ます」

初めてだった。こんな自転車乗ってて、初めて『頑張れ』て言われた。そりゃあ、センパイや同級達には哀れみの目で言われたことはあったけど。
優しい、声だった。優しい、笑顔だった。

たったそれだけだけど、それだけで、オレの頭の中はお姉さんでいっぱいになった。

翌日も、その次の日も。お姉さんの通勤時間と被るのか毎日会うようになった。

「あ、それって毎日なんだ」
「はい。うちのエース様がこれじゃないと登校してくんなくて」

ほんのすれ違うだけの短い時間だったけど。それでも毎日顔を合わせていたら、なんとなく話すようになって。

「ふふっ、かわいいね」
「かわいいって、アイツそんなヤツじゃ……」
「ううん、キミが。かわいいし、優しいね」
「ぅえっ?! オレが? いやいや、かわいいのはお姉さんの方で……あ」

思わず漏れたオレの本音。
手で口を塞いだけど、滑り出てしまった言葉はしっかりお姉さんに聞こえてしまったようで、お姉さんは……困ったように笑っていた。

「ありがと。うん、やっぱりキミ、かわいいよ。あ、そろそろ行かなきゃ。今日も一日頑張ってね!」
「あ、はい! いってらっしゃい!」
「いってきます」

それが、先月の話。それ以来、お姉さんに会うことはなかった。
(やっぱり迷惑だった? いや、でも『かわいい』って言っただけで、告ったわけじゃねーし)
エース様を荷台に乗せたまま、信号待ちで一休みしながら考えるのはやっぱりお姉さんのこと。
(そもそも、名前すら知らねぇんだぜ? せめて名前くらい聞いとけば)

そこまで考えて、自分の考えに小さく笑う。名前を聞いて? それからどうする?
そもそも、また会えるかすら分からない人なのに。

「ダッセェ」
「そんなことないよ」

小さな呟きだった。荷台のアイツにも聞こえなくらい、元から誰かに言った言葉じゃない。
それなのに、否定された。否定したその声を、オレは、知っている。

「お姉さん?」
「久しぶり。こんな偶然ってあるんだね」

隣を見ると、お姉さんがいた。毎朝見ていたキッチリした服じゃなくて、ラフな服で立っていた。

「え、どうしたんすか? つか、いつもと服違うっていうか、なんでここに?」
「うん、私ね、転職したの。で、有給消化でお休み中なの」
「だから、朝会わなくなったんすね」
「そういうこと」

にこりと笑う顔は、毎朝見ていたお姉さんとちょっと違っていて、

(転職したっつーことは、前の仕事辛かったとか?)

なんにも気付けなかった自分に、ちょっとばかり落ち込んだ。

「でもねぇ、朝キミに会わないと、一日が始まらないんだよね」
「へっ?」

地面に落としていた視線をお姉さんに向けると、まっすぐ前を向いているお姉さんの頬が、ほんのりと赤くなっていた。

「毎朝ね、キミと挨拶するだけですっごく気持ちが楽になったの。仕事行くのが嫌な日でもね、キミと会えるって思ったら玄関のドアを開けたの。だから、伝えたかったんだ」

前を向いていた顔が、オレの方を見て。
サドルに座っているオレと同じくらいの高さで、まっすぐオレの目を見て、笑った。

「ありがとう、って」

(ああ、もうっ!!)

こんなかわいい人、他に知らない。
本当は、今すぐギュッて抱きしめたいけど、まだそこまで出来ないことは分かっている。
けど、オレは決めた。絶対この人の彼氏になってやる!

だから、まずは

「お姉さん」
「なに?」
「名前、教えてください」
「あ、そっか。自己紹介してなかったね。私は
「オレは高尾和成っす」
「よろしくね、高尾くん」
「はい! さん」
「っ!!」

にっこり笑って。

さぁ、自己紹介から始めましょう?



「年上の女性を名前で呼ぶなど、失礼なのだよ。高尾」
「ああ、キミがエース様!」
「ブハッ!!」

- end -

Do your best, Natsume!!

13.02.18