熱く赤く



部活の休憩中、みんなそれぞれにクールダウンしている中、私自身も水分補給のために体育館の外の水飲み場へ出た。ドリンクは選手のもの。私はマネージャーだから水で十分! ……なんていうと監督のリコ先輩に怒られちゃうから、大きな声では言わないけれど。

「ぷはっ」
勿体ないけど、蛇口を開いて暫く放置。太陽の熱でぬるくなった水が出きったところで、冷えた水を口に含めばそこからジワジワ体にしみこんでいくよう。
けど、必要以上に飲むとこの後の練習に響くから、適度なところで『飲む』から『浸ける』に切り替える。背中に降り注ぐ太陽の熱は熱くて、こうして腕を水道の水にさらしているだけでも、首のあたりから日焼けしそう。
「でも、止めらんないよねぇ」
腕の内側と外側と、クルクル回しながら水に当てていると、急に影に包まれた。
「なにやってんだ?」
「おぉ、火神くん。おつかれ」
「っす」
太陽の熱から私の背後を守ってくれたのは、同じクラスの火神くんだった。水から腕を離さず、頭を後ろに倒してその顔を見上げれば、怪訝そうな目が私を見下ろしていた。
「あんま体冷やすなよ」
「あ、うん」
ちょっとだけ、驚いた。まさか同級生の高校生男子から『体を冷やすな』なんて言われるなんて思ってもみなかったから。そんな私の驚きにこれっぽっちも気が付かない火神くんは、私の隣に並んで水道の蛇口をひねった。

太陽の光に再びさらされた背中は、さっきよりも熱い。

「そういや」
「ん?」
勢いよく流れる水道の水に頭から突っ込んだ火神くんが、顔を少しだけ私の方に向けて何か言っている。ジャバジャバという二重の水の音で聞き取りにくいけど。
「さっき、」
「さっき?」
「……なんでもねぇ」
「えー!」
気分が変わったのか、顔の向きを変えるとさらに蛇口を開いて勢いを増した水を頭から被る火神くん。
(……いくら水道とはいえ、その勢いは痛いんじゃないの?)
そう思って、十分に冷えた腕を持ち上げて隣の蛇口をひねろうとした……のに。その手を、熱くて大きな手に掴まれた。
「なあ」
「う、うん?」
今までだって、何度も練習中に触れたことがあるのに。肩を叩いたり、頭をクシャクシャにされたり。監督がふざけて、みんなまとめて抱きしめた時は私の隣に火神くんがいて。その時は、今よりもっと近くにいたのに。
(なんで、こんなにドキドキするの?!)
火神くんは下を向いたまま、私の手を離さない。手を掴まれたまま、私は動けない。
「アイツ、誰?」
「あいつ?」
「今日、教室で話してた違うクラスの」
「ああ、山下くん」
誰の事を言っているのか分からなかったけど、分かってしまえばなんてことはない。昔馴染みの男子の事だった。なぜかちょっとだけ安心して、口が軽くなる。
「山下くんは小中学校が一緒でね、家も割と近くてたまに一緒に帰ったりするんだけど、今日は教科書忘れたとか言ってさぁ。いくら小中学校の同級生っていってもわざわざ遠いクラスの、それも女子に借りに来なくてもいいのにねぇ。あ、でもそういえば結構忘れ物する方かも? 先週も辞書忘れたから貸してって」
「なあ」
聞かれてもいないことをベラベラ喋りすぎた、そう思った時にはもう遅くて。いつの間にか水道の水は止まっていて、火神くんは濡れた髪のまま、私を見下ろしていた。
「な、なに?」
後ろめたいことは何もないはずなのに、なんでこんなに緊張してるのか分からないまま、私は地面を見ながら答える。心臓がうるさいくらい、ドキドキしてる。
「奪ってもいいか?」
「…………え?」
頭上から落ちて来た言葉に、思わず顔を上げるとぶつかる視線。
(いま、なんて)
言われた言葉が理解できずに、ただただその顔を見つめた。奪う?なにを?……誰、を?
それは短い時間だったのか、長い時間だったのか分からない。けど、

ポツリ、火神くんの髪から落ちた水滴が、私の頬に落ちた瞬間。全身がカッと熱くなった。

「う、奪うって! え、何を? なんの話っ?!」
「あっ、いや、変な意味とかエロい意味じゃなくてだな……!」
「エロいとかっ!!!」
「ばっ、そういうんじゃ!!!」

結局、何の話なのか分からないまま休憩時間は終わってしまって。
十分に冷やしたはずの腕は、日焼けをしたみたいに真っ赤になっていた。

さん、顔が真っ赤ですよ。それに火神くんも……」
「なんでもないよ!!」
「なんでもねーよ!!」

- end -

13.11.06

風宮様リクエスト「オマエのこと、奪ってもいいか?」火神大我