少年の大志



静かな図書館で、図書委員の仕事をする私。と、もう一人。当番の男子。
名前は黒子くん、といった。

クラスが違うから、下の名前までは知らないけれど、ちゃんと委員の仕事をしてくれる貴重な男子だ。

彼は静かで、とても静かで。時々隣にいるのにその存在を忘れてしまいそうになる。
放課後の図書館の利用はあまり多くない。そうなると当然、当番の仕事も少ないわけで、自然とカウンターの中に並んで本を読み始めるのがいつものこと。
そしてこの黒子くんは、存在感が薄いだけじゃなく、たてる物音すら静かで。
だから時々、彼はこの図書館の妖精なんじゃないかと思ってしまうのは……私がファンタジー好きだから、かもしれない。

そんな月に1回あるかないかの当番の日。
私はとうとう、彼にプライベートな話題を持ちかけることにした。
きっかけは、ホームルームの時間に配られた進路希望票。まだ1年だというのに、随分と気の早い話だと思ったけれど、高校というのはそういうところなのかもしれない、と思うとなんとなく納得できた。
たかが3年、されど3年。
自分が今思う以上に、3年になったときに感じる3年間は短いのかもしれない。

(とかいっても、やっぱり実感なんてないんだけどねぇ)

配られた用紙をヒラヒラさせながら、ふと浮かんだのが黒子くんだった。
あの静かな男子は、どんな将来を考えているんだろう?

気になったら聞かずにはいられなかった。

(でも、そんな当番で何回か一緒になっただけの女子にいきなり話しかけられて、引いたりしないかな? ……いや、そんな人じゃないでしょう、黒子くんって)

なんとなく、そんな自信があった。静かな人だけど、たまに図書館で騒ぐ生徒には、先輩だろうとひるむことなく注意するような人だから。
さりげなく、自分の仕事以外の、私の仕事なんかを手伝ってくれたり、課題で悩んでいるときに教えてくれたり。

(……なんだ、結構話してるじゃん。私たち)

そう思うと、なんとなく足が軽くなった気がした。

「ねぇ、黒子くんのクラスでも配られた? 進路票」
「はい。今日のホームルームで配られました」
「それで、さ。黒子くんの夢って、なに?」
「それは…………将来の夢、ですか?」

相変わらず人の少ない図書館のカウンターの中で、周りに響かないくらいの小さな声で私が訪ねると、黒子くんは大きな目でじっと私を見て、逆に聞いてきた。
雰囲気と同じ、静かな目。でも、何も考えてない、意思のない目じゃない気がする。

「将来でもなんでも。とにかく『夢』ってある?」

私の質問に、静かだった目に急に力が篭った。希薄だった存在感が、少しピリピリするような、熱を持った気がした。

(……こんな顔、するんだ)

「部活で、日本一になることです」
「日本、いち?」
「はい」
「にほんいち、ですか……」

私には将来の夢と同じくらい、現実味のないその言葉にただ言葉を繰り返した。
こんなに静かな彼が、こんなにも感情を露にするくらいの『夢』

「見てみたいかも……」
「なら、来てください。今度の日曜に試合ありますから」
「えっ!?」

思いがけない誘いに、ここが図書館だという事を忘れて思わず大きな声が出てしまった!

さん、ここは図書館ですよ。静かにしてください」
「あ、はい。……いや、でも、そんな……私なんかが見に行ってもいいの? いいものなの?」

ただの委員会の当番が一緒になるだけの、クラスメイトでもない私が観戦に誘われるなんて。
思いもよらない展開に、ただでさえ頭が混乱して胸がドキドキしているのに、黒子くんは今まで見たことのない表情で笑って、

さんに応援してもらえたら、僕はもっと頑張れると思うので。是非来てくださいね」

そう言うから。

(黒子くんの夢、応援したいって。今、心から思ったよ)

- end -

12.10.26