ころがる小石



浮気する人、そんな人と付き合うなんて論外!! 女子はほとんどそんな子ばかり。
でもそれは、相手にもよるらしい。

「彼氏いたって、黄瀬くんは別だよぉ。黄瀬くんに誘われたら、彼氏いたって絶対ついてくって!」
「そうそう。黄瀬くんに彼女いたとしても、一回だけのお付き合いでもOKするね。私なら」
「私も私も!!」

そんな女子トークについていけない私は、なんとなーく蚊帳の外。
所詮、世の中金と顔ですか。そーですか。

「じゃあさ。黄瀬くんが自分の彼氏だったとしたら、浮気って許せるもんなの?」

蚊帳の外から、ちょっと石を投げみた。ほんの軽い気持ちで。いや、本当に軽い気持ち。
小さな石はその存在さえ気付かれず、砂に紛れるなり水の底に沈んでしまうなりしてしまうと思ったのに。

「えー! それはダメだよ!!」
「黄瀬くんが浮気とか、ありえないよね!!」
「そうそう。彼女以外の女となんてありえない!!」

(さっきまでと言ってること、ちゃいまんがな)

思わず、テレビでしか聞かないような関西弁でのツッコミが頭の中を激しく巡る。そりゃあ眼鏡もカツラも吹っ飛ぶ勢いでツッコム。
女子ってこういうところが恐ろしい。私も同じ女だけど、それでも、この考え方だけは馴染めない。

(で、結局、黄瀬くんってどんな恋愛するんだろうなぁ)

私が投げた話題は、私の手を離れて今も話の輪の中でコロコロ転がったまま。

女子だけの気安さで、どんどんシモい話になり始めたところで私は「ちょっとトイレ行ってくる」と教室を後にした。
……誰も「いってらっしゃい」とか言ってくれなかったからって、寂しくなんかないんだからね。

トイレに行って、教室に戻ろうとはしたものの、覗いた教室の中では相変わらず女子トークに花が咲いていたので、私はそのまま教室に入らず、自販機へ足を向けた。

と、後ろからついてくる人の気配。

そぉーっと後ろを確認してみれば、さっきまで話題の中心だった黄瀬くんが、大きな口を開けてあくびをしながら歩いていた。

「ああ、さん。さんも自販機?」
「あ、うん。黄瀬、くんも?」
「そっス。授業中寝てたら喉渇いちゃって」

授業中寝るなよ! とか思ったけど。それ以前に黄瀬くんの口から自分の名字が出たことに驚いた。『女にマメな男』ただ同級生の女子の名前を知っていただけなのに、私の中で黄瀬くんにはそんな称号が付けられた。

特に話をするわけでもなく、でもなんとなく離れて歩くのも失礼な気がして、歩幅も歩調も変えずに歩いていると、いつの間にか黄瀬くんと並んで歩くという、なんとも不思議な現象が起きていた。

さんは何飲むんスか?」
「なんにしようかな〜、て考えてるところ。熱いのを飲みたいほど寒いわけじゃないけど、冷たいの飲んだら寒くなりそうだし……」
「あー、分かるっス!! この時期はジュースひとつ選ぶのも悩むっスよねぇ」

本当に、本当に普通のクラスメイトと話す感覚というか、会話の内容に内心驚く。だって、黄瀬くんってモデルだし。モテるし。背高し、金髪だし、バスケやってるし。
とにかく、自分とはとても同じ高校1年生だとは思ってなかったから、あまりの普通さにびっくりした。

だから、だと思う。あんなこと言ってしまったのは。

「そうだ。あのさ、黄瀬くんって浮気するの?」
「…………はぁ?!」

そりゃそうだ。いきなりこんなことを言われたら、誰だってこんな反応だろう。私だって、男子から同じ事を聞かれたら黄瀬くんと同じ反応をしただろう。

「え、いや、あの、ごめん。さっき友達がそんな話してたから……」
「オレが、浮気するかどうか、って?」
「ほ、本人のいないところで失礼な話だと思うんだけどね! いや、失礼だよね!! ごめん、本当にゴメン!! だから忘れ……」

忘れてくれ、そう頼もうと思った。でも、

「浮気なんてしないっスよ。惚れたら一筋。他の子なんて目に入らないっス!」
「…………」
「……意外っスか?」

まっすぐな目で、言うから。真剣に、でもちょっと照れたみたいに、そんなことを言うから。

「……ううん。素敵だと思う、よ」
「そ、そうっスか? いや、なんか改めてこんなこと言うと照れるっスね!!」

あはは、と、ちょっとぎこちなく笑いながら、私たちは自販機まで並んだまま歩いた。
その時間は、多分10分もない。

でも、その短い時間で、私は「浮気はしない」という男子に恋をした。

- end -

12.10.24