「っち!!」
久しぶりに見る小さな背中に、オレは嬉しさのあまり大きな声でその名前を呼んだ。
振り返った顔は、普段オレが見慣れているキラキラした女の子達みたいな顔じゃなくて、嫌いな野菜を知らずに口に入れてしまったような……要は、あんまり歓迎されていない顔。
「涼太、ここ道のど真ん中。アンタただでさえ目立つんだから、大きな声出さないでよ」
「えー! だって、っちと帰りが一緒になるのなんて久しぶりじゃないっスか」
「だからって、アンタは目立つの! 私は目立ちたくないの! 分かる?」
「本当久しぶりっスねー! いつ以来っスか?」
「アンタね……」
小学生・中学生と一緒だった女の子、は、オレにとって特別な女の子。本人には、まだ言っていないけど。
学区が一緒で、比較的家が近いオレ達はたまにこうして一緒に帰っていた。中学を卒業するまでは。高校に入ってからは……本当に久しぶりすぎて、前がいつだったのか思い出せないくらいだった。
「っち、髪伸びたっスね」
「まあ、ね」
「背は……あんま変わんないっスね? ていうか、縮んだ? んな訳ないか! オレが伸びただけっスね!!」
「……ソウデスネ」
久しぶりに並んで歩くことが嬉しくて、オレは馬鹿みたいにはしゃいでた。
身長差が作った、見える景色の違いに気付かないまま。
「それはそうと、ソッチの学校はどうっスか? なんか変わったこととかないっスか?」
「変わったことはないけど。変えたいことなら……あるかな」
「変えたいこと?」
さっきまでの、今まであった空気とは違う声に、耳を傾ける。一緒にいるときの彼女の声は、言葉は、一つ漏らさず聞いていたいから。
「そう、だね。変えなきゃだよね……」
「っち?」
自分で声に出しながら、何かを決めようとしている彼女は、一度視線を道に落として、何かを吹っ切るようにバッと勢いよくオレを見た。
久しぶりに見る、まっすぐにオレを見る目に、耳の端が熱くなる。
「私、変わる」
「は、はい」
「だから、黄瀬も協力して」
「……へ?」
耳が熱くなる。彼女の目に、声に、言葉に。
「もう、私を見かけても、声掛けないで」
「な、んスか。それ」
「変わるの。ううん、変わりたいの。私」
「っちが変わるのに、なんでオレが声掛けちゃいけないんスか?」
今まで見たことがない彼女のまっすぐな、少し濡れた目に耳の端だけじゃなくて、頬まで熱くなってきた。
「黄瀬が男女問わず人気あるの知ってる。私が、小中学校の同級生で、仲良かったのも分かってる。だから、勘違いしないようにしたいの。勘違い、したくないの。もう」
「私が、黄瀬の特別だって、勘違いして、苦しくなるの、もう、嫌なの」
少し濡れていた目の縁に、みるみる涙が溜まって、瞬きをした瞬間にポロリと零れた。
「涼太に名前呼ばれて嬉しいのに、そんな顔見せたくないの。涼太が色んな事を話してくれることも、ふざけて頭撫るのも、何もかもが嬉しいのに、それが涼太にとっては普通の事なのに、私には普通の事じゃないの。特別なの。でも、そんな風に思っているのは私だけで、涼太はなんとも思ってなくて。だから、苦しくて。そんな風に苦しくなるのはもう嫌なの。高校も別になったし、もう、私、変わり……」
ポロポロ涙を零しながら話す彼女を見てたら、もう体中が熱くなっていた。ああ、もう、
「もうっ!! っち可愛すぎっス!!」
「っ!?」
オレの顎にも届かない身長の彼女を、力いっぱい抱きしめたら想像以上に柔らかくて眩暈がしそうになった。
「変わっちゃダメっス。変わっちゃ、ダメっスよ。そんな大事なトコ変わられたら、オレが困るっス」
「りょ、りょーた?」
泣いて、ちょっと鼻が詰まって舌っ足らずに呼ぶオレの名前は、今まで聞いたことがなくて。自分の名前がこんなにも甘く聞こえるなんて知らなかった。
「勘違いなんかじゃないっスよ。っちはオレの特別っス。小学生の時から、ずーっと、っちはオレの大事な、大好きな女の子っス」
「……」
「だから、変わられたら、困るんスよ」
「……」
抱きしめた腕の中で、ピクリとも動かず、なにも返事が返ってこないことが不思議で。腕の力を少し緩めて彼女の顔を覗き込んだら、涙が滝のように溢れていた!!
「え、ちょっ?! え、え、そんな泣く……えぇええ?! 泣かないでっち!!」
「ご、ごめ……ちょ、と、止まん、ない、みた…い……」
緩んだオレの腕の中で、自由になった自分の手で涙を止めようと目をこするけれど、一向に止まる気配のない涙に、ただただ彼女の目元だけが赤くなっていく。
「ま、待って…ね。もう、す、ぐ、止める…かっ、ら……」
制服の袖口もしっとり濡れて、絞れるんじゃないかってくらい拭いてるのに、まだ涙は止まらない。
それなら、こんな方法はどうだろう? と、オレは自分の思いつきを、すぐさま実行した。
「……」
「やった! やっと止まったっス」
「……」
「っち?」
「い、今のって……」
彼女の目から零れる涙は止まって、驚いて大きく見開かれた目は、さっきまでの涙でキラキラしてた。
「お姫様の涙を止めるのは、王子のキスって相場が決まってるんスよ」
『そして、お姫様と王子様は幸せになるんスよ!!』
そう言うと、っちは今まで見た中で、一番可愛い顔で笑ってくれた。
- end -
オカケン様へ
12.11.05