この手をどうか



笑っている顔が好きだった。……いや、笑っている顔が、好き。
だから、笑って?

最初は、ただのクラスメイト。教室で友達と話す姿を見て、その笑顔にヤラれたのが始まり。
幸せそうに笑う顔は、『誰か』のもので。もっと早くに出会えていたら、なんて。
安っぽいドラマの台詞が頭の中をよぎったけれど、そんな風に笑える相手がいる事で諦められた。

それなのに。

最近、あの頃みたいに笑わないって気が付いてから、ずっと気づかれないように様子を伺っていたけど、

(やっぱり、笑わない)

友達と話してる時に見せる笑顔は、どう見ても作り物。表面上だけの笑顔で、オレが好きになった笑顔じゃなかった。

それからずっと、ずっと、ただ見てるだけの日が続いた。
だって、今までほとんどしゃべったことのないクラスメイトっていう立場上、今更なんて声掛ければいい?

そんな時に巡って来た日直。オレと、彼女。

放課後の教室で、彼女は時々落ちてくる髪を耳に掛けながら、日誌を書いている。
オレは、机を挟んで彼女の向かいに座って、ただ彼女を見つめていた。

「黄瀬くん」
「ん?」

くすり、と小さく笑う声がして、オレの名前をキミが呼ぶ。

「そんなに見られると、恥ずかしいよ」
「だって、オレ。今日なんも日直の仕事してないし……」
「そこで『代わろうか?』て言わないんだ」
「どう見たって、っちの方が字、上手じゃないっスか」

顔を上げないまま、柔らかい声でまた笑う。穏やかな声で。

「それに、オレが丁寧に書こうとしたらすっげー時間掛かるんスよ? っち、彼氏が待ってるんじゃないんスか?」

ピクリと肩が跳ねてから、「そうだね」と、小さな声が聞こえた。

オレの勝手なワガママだけど、そこでにっこり笑ってくれたら、諦められると思った。
幸せそうに、一言でいい。なにか言葉を続けてくれたら、きっとオレはこの気持ちを諦められると思ったのに。

「もう、ダメなのかな……」

ますます下を向いて、つむじしか見えないっちから、微かに震えた声がした。

「……そいつと居て幸せなんスか?」

ぐっ、と息を飲む音がした。
追い詰めたい訳じゃない。けど、オレにとってこれはチャンス以外のなにものでもなくて。

日誌の上で止まったままの手にそーっと触れると、その手は思ってた以上に冷たかった。

「好き」
「……」
「ねぇ、オレじゃダメっスか? オレ、っちの事、笑わせる自信あるっスよ? 今より絶対、幸せにする。幸せだって思ってもらえるように頑張るっス! だから、」

机の向こう、俯いたままのっちの頭にオレは額をくっつけた。

(オレの思っている事、オレの気持ち、全部伝わればいいのに)

「泣かないで欲しいっス」

暫くして、小さな声で「黄瀬くん」と名前を呼ばれて顔を上げると、っちも顔を上げて、何か言おうとして……クスクス笑い始めた。

「オデコ、赤くなってる」
「えっ!?」

慌てて額を抑えるオレを見て、っちはまた笑って。そして、目の端に溢れた涙を拭きながら言う。

「ありがとう。あのね、私、黄瀬くんのこと好きになると思う。思うけど、今はまだ無理」
「……うん」
「でもね、彼氏と別れたら。ちゃんと、彼氏と別れたら、その……こんな私だけど、いいの? 私なんかでいいの?」

不安そうな顔で見上げてくるっちを、今すぐ抱きしめたいけど拳を強く握りしめて押し留める。今は、まだ、オレにその資格はない。

っちじゃなきゃ、ダメっス」

色々我慢して、下手くそになった笑顔でそう言うと、っちは笑った。

オレの大好きな、あの笑顔で。

- end -

13.09.30

みあ様リクエスト「アンタ、あいつと居て幸せなんスか?」黄瀬涼太