僕らの未来は、ほらすぐそこに



「なに気持ち悪いこと言ってんだ?」
そう言って、最初に手を放したのはオレの方だった。
「そう、だよね。ごめん、今の忘れて!」
そう言った顔は、笑っていた。いつもみたいに。

あの日も、こんな寒い日だった。
小学校からの同級生。家が近く、登校班も同じだったから一緒に帰るのも珍しくなかった。
そんくらいガキの頃から知ってれば、オレの中では『女子』じゃなかったから、一緒にいても別に苦じゃなかった。
「高校も笠松と一緒かー」
「オマエとまた3年間一緒か。……受かればな」
「ちょ、縁起でもないこと言わないでよ! 受かります。ちゃんと受かります〜!!」
中学3年。高校受験前。
放課後、教室に残って勉強するヤツは何人もいて。その中にオレともいた。
「でも、オマエが海常受けるとは思わなかったな」
「そ、そう?」
吐き出す息は白くて。なんとなくそれを目で追っていた。
「笠松は、高校行ってもバスケするんでしょ?」
「あったりまえだろう? そのために海常行くようなもんだからな」
「ははっ、だよね」

…………沈黙が、落ちた。

これはオレが苦手な沈黙だと、すぐに分かった。
それと同時に、『なんでオマエが?』とも思った。
とは男とか女とか抜きにして、普通の友人だと思っていたのに。

「あの、ね。私、笠松のこと好きだよ。恋愛って意味で」

心臓が、嫌な音をたてて激しく動く。指先が、寒さとは違う何かのせいで小さく震える。
喉が、乾く。

「なに気持ち悪いこと言ってんだ?」
自分の声が思った以上に掠れていて、ちゃんとに聞こえたか心配になったが、俯いていた顔がゆっくりと上がって、その顔が笑っていてホッとした。
「そう、だよね。ごめん、今の忘れて!」
いつもみたいに笑った

そうだ、忘れろ。なかったことにしろ。そうすれば、何も……


 * * *


「寒いね」
「そうだな」
あれから二人とも無事、受験は合格し。オレは中学以上に部活に集中した。
だから、一度も同じクラスにならなかったが、この3年間、何をやっていたのか知らない。
なんでオレと同じ高校を選んだのかも、知らないままだった。
「なんか久しぶりだね、笠松とこうして帰るの」
「そうだな」
たまたま靴箱で一緒になったに、一緒に帰ろうと声を掛けたわけじゃない。けど、なんとなく。並んで歩いていた。
高校3年。あの冬からもう3年経っていた。
隣を歩くの頭を見下ろすくらいにはオレの背は伸びたし、声だって変わった。
変わったのは、もちろんオレだけじゃない。
久しぶりにちゃんと見たは、『女』になっていた。
別に、化粧が派手だとかそういうんじゃない。ただ、纏う空気が、雰囲気が、あの頃とは違っていた。
(ああ、髪が伸びたのか)
あの頃だって、決して短かったわけじゃないけれど。隣を歩くの髪はあの頃よりも綺麗に伸ばされていて、その髪を耳にかける仕草が女っぽかった。
「ふふっ、笠松ってばさっきから同じことしか言ってない」
「そうだな」
「ほら、また」
オレを見上げ、目を細めて笑う顔を、純粋に綺麗だと思った。
そう思うと同時に、耳の端からじわじわと熱が広がっていく。オレの中で、オレ自身が気付いていなかった何かが埋まっていく気がした。
「バスケ、頑張ってたね。私、応援しに行ったことあるんだよ」
「本当か? なんだ、声掛ければよかったのに……」
「掛けられないよ」
はあの時と同じ顔で、笑った。
「掛けられるはず、ないじゃない……」
今なら分かる。というか、今、分かった。この顔は笑ってなんかいないということに。
「やだな。あの時とおんなじ」
あの時と同じように、は顔を伏せた。俯いた顔は見えない。
「また『気持ち悪いこと言うな』って言われる前に帰るね」
オレが昔放った言葉が、今頃になって返ってきて、オレの胸を深く刺した。
(違う! そんなこと、そんなことオレは……!!)

海常に入学して、バスケに打ち込んで。
でもなんとなく、時間があると無意識に『誰か』を探していた。
あの時の声が耳の奥でよみがえって、夜、ベッドから跳ね起きた時の心臓は外周した後よりもずっと、激しく脈打っていた。
また名前を呼べばいい。一緒に帰ればいい。馬鹿みたいに笑って、そして、

っ!!」
俯いたまま、オレの数歩先に行ってしまった小さな背中を呼ぶ。
振り向いた顔は、目と鼻が赤くなっていた。


今、そこに行くから。

もう、オマエにそんな顔をさせないから。

- end -

Title by キミノヒトミ

13.04.05

Winter Magic(12.12.07〜13.03.31)提出