夏の終わりを惜しむようにその祭りは行われた。
既に課題を終わらせ、過ぎていく夏を惜しむ人。この祭りが終わってから、ラストスパートをかける人。最後に夏らしいことを、と足を運んだ人。とにかく会場は多くの人で賑わっていた。
「女の子はやっぱり浴衣っスねー!!」
今日が午前中だけの練習だったのは、監督の粋な計らい。学生は学生らしく、遊ぶことも大事だとか。……監督ありがとうございます。
そんなこんなで、なぜか私はバスケ部のメンバーとお祭りに行くことになった訳なのだけど。
私には好きな人がいる。その好きな人と、一緒にお祭りに行ける。ならば、ちょっとでも可愛く見られるために頑張るしかない!
そう思って、お母さんに無理言って浴衣を着付けてもらったんだけど。
「も女の子なんだな。うん、夜の祭りに浴衣女子。これぞ鉄板! 準備は全て整った! 今日こそ運命の彼女を見つけるぞ!!」
慣れない鼻緒に苦労しながら、待ち合わせ時間より5分ほど遅れて到着した私を迎えてくれたのは、私が『見て欲しい』と思った人ではなかった。
「あの、他の人たちは……」
個人の名前を出す勇気がない私は、キョロキョロと他の人たちの所在と一緒にあの人がどこにいるのか尋ねた。
あの人の性格を表すような真っ直ぐな目、触れたことはないけれど硬そうな髪、シャンと伸びた背中、どんな人ごみの中にいてもきっと見つけられると思っても、ここに来てなければ見つける以前の話になってしまう。
「早川と中村は課題の資料まとめてから。笠松と小堀はもうすぐ着くって、さっきメールが来てた」
「そうですか」
私が一番最後だと思ったけれど、そうではなかったらしい。もうすぐこの姿を見てもらえるのかと思うと、急いで歩いてきた時に少し落ちて来た後ろ髪や、浴衣の崩れが気になってきた。
「ねぇ、黄瀬くん」
「ん? なんスか?」
彼にはお姉さんがいて、何度となくその愚痴を聞いたことがある。彼自身がとてもモテるのは知っていたけれど、私と彼は同じ部活の仲間でいい友人関係だ。
そんな彼にこっそり聞くのは、もちろん今の私の格好。第一声で褒めてはくれたけれど、おしゃれな彼から見た私は……『男子』から見た私の格好は、本当のところどうなのだろう?
「おかしくないかな? 浴衣、ちゃんと似合ってる?」
浴衣の袖をちょっと引っ張って見せれば、最初はキョトンとしてた顔がクシャリと崩れた。普通の、男子高校生らしい笑顔。
「似合ってるっスよ。誰に見せたいのか知らないけど、今日のっち見たら、絶対惚れるっス」
「なっ!!」
「そうそう。鈍感な男にも効果はバツグンってね」
「っ!!」
どうやら、私の気持ちはこのイケメン(片方は明らかに残念系だけど)達にはお見通しだったらしい。恥ずかしくて声が出せなくなった私の後ろから、これまたバッチリなタイミングで近づく気配。
「頑張るっスよ」
「ま、応援してるよ」
私の肩を叩いて、彼らは到着した仲間に声を掛ける。「遅かったな」「電車が混んでた」「腹減った」そんな声が、どこか遠くに聞こえる。
昼間の熱を含んだぬるい風が頬を撫でた。
(ちょっと痛くなってきたかも……)
その後、しばらくして全員揃ったところで移動を始めたのだけれど。最初に遅れそうだと急いだのがいけなかったのか、今頃になって鼻緒で擦れたところがジワジワと痛み始めた。歩けないほどじゃない、けど、祭りの空気でテンションの上がった運動部男子の歩幅について行けるほど大丈夫じゃない。
(みんな大きいし、少しくらい離れてもすぐ見つかるよね)
ただでさえ集団の一番後ろにいた私が、少しくらい離れても誰も気が付かないと思った。
集合場所に全員が揃っても、浴衣姿について声を掛けてくれたのは最初のあの二人だけ。他の四人は特に何も言わなかった。
(黄瀬くんのうそつき)
そもそもあの人は、私の方をチラリとも見ていなかった。
制服とは違う、部活の時とも違う、完全プライベートな私服に私の胸は苦しいくらいドキドキしてるのに。
(森山先輩のうそつき)
私も、浴衣じゃなくてスカートを着てくれば。みんなと同じ歩幅で歩けたのに。さりげなく、あの人の横に並んで歩けたかもしれないのに。
「いたい」
見下ろした自分の指先は、擦れて真っ赤になっていて。もう歩きたくない。
「ほら」
そんな私の視界に、突然現れた手のひら。大きな、ちょっとゴツゴツした手。
「え、」
「行くぞ」
「え、あの」
私の返事も聞かずに、大きな手は私の手を掬ってゆっくりと引っ張った。顔を上げたら、先輩はもう前を向いていて。どんな顔で私の手を握っているのか見えない。
「……先輩」
私に合わせてくれているのだろう、ゆっくりとした歩調で。だけど、半歩先を歩かれているのがちょっとだけ寂しい。
「どうして、私がいないって分かったんですか」
祭りの賑わいはそれなりで、私の小さな呟きは半歩先の先輩には届かないと思った。
「分かるだろ」
「え?」
ないと思っていた返事。
ギュッと掴まれた手。
かろうじて見える赤い耳。
「オマエがどこにいても分かるし、絶対オレが見つける。だから、」
ドォンと上がった花火の音にかき消されて聞こえなかったけれど、振り返った先輩が真っ直ぐに私を見てくれたから、それだけで私は嬉しくて。
またこの人を、笠松先輩を好きになった。
(あんま他の男に触らせんな。頼むから)
- end -
Title by is
13.11.16
にゃあ様リクエスト「ほら」笠松幸男