小さい頃は手を繋いで、同じ目線で同じものを見て、泣いて、笑ったのに。
小学校に入って学年が上がるにつれて、彼の背はグングン伸びていって、中学に入る頃にはもう彼に見える世界が私には見えなくなっていた。
それでも、
「真ちゃん」
「なんだ」
「……んーん、なんでもない」
「そうか」
幼馴染、ご近所さん、そんな言葉を盾にして、私は彼の周りをウロウロ。
今日だって、部活がお休みだったのか珍しく早い時間(といっても夜の7時だけど)に部屋の明かりがついてるのが見えて、急いで外に出てもおかしくない、そして気合の入りすぎていない部屋着に着替えて緑間家にやってきた。
「こんばんわ」
「あら、ちゃん。いらっしゃい、真太郎なら今お風呂よ」
「じゃあ、部屋行ってるね!」
「上がったら伝えるわ」
小さな頃から知ってるおばさんに断って入った真ちゃんの部屋は久しぶりで、私の部屋より整理整頓されている風景にちょっと笑った。
(……でも、知らないものが増えたなぁ)
壁に掛けられた制服も、机の横に置かれた鞄も、机の上に並べられた教科書も、違う学校に通っているのだから私が持っているものと違って当たり前なのだけれど、それでも寂しかった。
ベッドに座って部屋を眺めていると、階段を上がってくる足音が聞こえて少し息苦しくなるのを、大きく深呼吸をしてごまかした。
「来ていたのか」
「うん、今日は早かったんだね」
「今日は体育館が使えなかったからな」
いつも制服のシャツは一番上までボタンをかけて、学ランの襟だってちゃんとしめる真ちゃんのラフな格好。まだ少し濡れたままの髪のせいで、少し眼鏡が曇って眉間に皺を寄せる顔。何度見てもレアなその姿に、優越感を覚えて、そして、思うのだ。
もう、私だけが知っている姿じゃないんだと。
部活をやっていれば、当然合宿がある。泊り掛けで試合に行く事だってある。朝早く、いつもより大きな荷物を持って学校へ行く姿を見るたび、私の優越感は少しずつ減っていった。
「どうかしたのか」
「えっ?」
人様の部屋に押しかけておきながら自分の考えに耽ってしまっていた私は、ベッドに寄りかかるようにして床に座った真ちゃんから声を掛けられるまでその近さに気がつかなかった。
お風呂上りの熱が、伸ばしたままの素足に伝わって少し、くすぐったい。
「オマエがそんな顔をしているときは、大抵ロクな事を考えていないのだよ」
「そんな顔って……」
視線が合わなくなってもう何年も経つのに、私の顔なんて見えていないくせに、そんな風に思ってしまう気持ちを隠すように笑うと、真ちゃんは床に膝をついて、ベッドに座っている私の目を少し下からまっすぐに見た。
「のことなら、顔を見れば分かるのだよ。オマエは考えすぎだ」
「考えすぎじゃないよ。現実だよ」
「現実ならなおのこと、オマエが考えているほど世の中は変わってないのだよ」
まっすぐに、でも小さい頃と同じ優しい目で、低くなった声で、言うから。
「そう、なの?」
「そうだ。オレが言うのだから、間違いない」
「……そっか」
私が手を伸ばしても真ちゃんは避けなかったから、そのまま、だいぶ乾いたけれどまだしっとりとした髪の真ちゃんの頭を抱きしめた。
「…………」
「学校、楽しい? 嫌なことない? 寂しくない?」
「……ああ、オレの周りは変わった人間ばかで煩いのだよ」
「そうなんだ。私は、真ちゃんと同じ学校じゃなくて寂しいよ」
抱きしめた瞬間、真ちゃんの肩がピクリと揺れたけれど私が「寂しい」と口にすると、小さく息を吐いて私に凭れた。
「なら会いに来い。試合だって見にくればいい。その方が、……」
「その方が?」
「……なんでもない」
「……そう」
きっと真ちゃんのことだから、聞いても教えてくれない。しつこく聞いたら、ヘソを曲げてしまうから。
だから私は、預けてくれるこの重みを信じるんだ。
『変わっていない』と真ちゃんが言うのなら、その言葉を信じよう。
信じて、私は真ちゃんを好きなままでいよう。
変わる、その日まで。
(変わっていないのだよ、オレの気持ちはずっと前から)
- end -
12.11.17