「背が高いね」
体育館の前で、不意に掛けられた声に振り返ると、春の風に舞う髪を抑えながら笑う人がいた。
「バスケ部、入るの?」
「はい」
「そう、」
柔らかな日差しを浴びた姿は、全ての輪郭が光り輝いて見えた。
「それじゃあ、アイツの後輩になるんだ。口うるさい先輩がいるけど、頑張ってね」
輝きが、増したように見えた。
あの時、声を掛けた人物の名前はしばらくしてから知った。3年の、。宮地先輩と付き合っている女性だという事も。
(だからなんだと言うのだよ)
あの人が誰と付き合っていようがオレには関係のないこと。オレはこの学校に遊びに来ているわけではないのだから。……そう、思い込もうとした時期もあった。
だが、恋は落ちるものと聞く。まさかそれを、自分が体験するとは思いもしなかったが。
「あ、キミ! 本当にバスケ部入ったんだ!」
「……はい」
入部から数週間。まだ部に馴染めず、でもそれで構わないと思っていた時に、彼女は現れた。初めて会った時と同じ笑顔で。
「オイコラ、なに勝手に入って来てんだ轢くぞ」
背後から聞こえた先輩の不穏な声に振り返ろうとした視界の端で、チカッと光が見えた。
(なんなのだよ)
……体の芯から熱くなるような、急に地面が崩れて落下するような、そんな感覚。
彼女が、笑っていた。今までの、決して長いとはいえないオレの人生の中で、初めて見るような笑顔に胸が締めつけられ、息が詰まった。
「宮地」
耳に滑り込んだ声に、心臓が止まった。止まったような気がした。『愛しい』という気持ちに彩られた音。
(ああ、この人は)
「緑間も勝手に練習抜けてんじゃねーぞ! さっさと戻れ!!」
「あ、キミが緑間くん!! そっか、キミが緑間くんかぁ」
(やめてくれ)
先輩の名を呼ぶ声と違う、その声でオレの名前を口にする。残酷なほどに、明確な違いのある音。
「私は。ね、宮地ってば厳しいし口悪いし練習の鬼でしょ?」
「おい、」
「でもね、緑間くんの事よく話してるんだよ? 『アイツらがいれば今年はイケる』とか」
「黙れコラ」
そう言って、彼女に触れる先輩の手が、声の強さほど乱暴でないことに気が付いてしまった。
気が付いても、一度落ちた心は止まらなかった。
「ありがとう、緑間くん。助かっちゃった」
「いえ、このくらいなんでもありません」
放課後の廊下を二人並んで歩いても、『先輩の彼女』と『後輩』という関係は何も変わらない。重そうな荷物を代わりに持ち運んでも、差し入れの礼を述べても。
なにも、なにも変わらないのに。
「」
「あ、宮地!」
なにも気付かぬまま、彼女は笑い去って行く。
「じゃあ。ありがとうね、緑間くん。本当に助かったよ!」
軽くオレの腕を叩いて、彼女は先輩の隣に並び歩いて行く。オレの時とは違う二人の距離に関係の違いを見せつけられ、オレは拳を強く握りしめた。
「貴女がオレの恋人だったら良かったのに」
小さく呟いた声は弱弱しく、また、叶うはずのない願望をこのオレが持っていたことに笑いが込み上げる。
いつになれば、オレの心は落下を止めるのだろう。
彼女の触れた腕を撫でても、そこには自分の体温しかなかった。
- end -
13.10.26
ミミ様リクエスト「あなたが僕(?)の恋人だったら良かったのに」緑間真太郎