こんな事になるとは思わなかった。



「こんな事になるとは思わなかった。」

そう呟いて、彼は目を逸らした。
ええ、そうでしょうとも。私だって、ついさっきまで思いもしなかった。こんな事になるなんて。

***

良く晴れた夏の空。青い空に、白い雲。日差しはジリジリと肌を突き刺すように輝いていた。

「あっつ!!」
「そう思うのなら、さっさと終わらせるのだよ。」
「はいはい、分かってるって。」

何がどうしてこうなったのか知らないけれど、なぜか私と緑間は二人並んで学校の花壇に水を撒いている。
それもホースではなく、緑色のあのジョウロで! チマチマと!!

「ホースでやったら一気に終わるのに…」
「仕方がないのだよ、水道まで遠すぎる。」
「っていうか、なんでこんなところに花壇作ったの? 作った人バカなんじゃないの?」
「オレに言われても知らん。」
「あー、今ホースで思いっきり水撒いたら、虹が出てキレイなんだろうなぁ。」
「逃避している暇があるなら、さっさと終わらせ…」
「あ、」

ポツリ、緑間の眼鏡のレンズに水滴がついた。
それは決して、私が振り回したジョウロから飛び散った水ではなく。

ゴロゴロと、地を這うような音が遠くから聞こえたと思った瞬間。

「…………」
「…………」

肌を刺していた日差しはどこへやら、逃げる間もなく二人して頭から水を被った。

走って移動するのも馬鹿らしく思うくらいにずぶ濡れた私達は、部活のために持ってきてあるという緑間のタオルを借りるためにバスケ部の部室へ移動した。
今日は珍しく部活が休みだという緑間は、さっきからこっちを見ない。
そりゃあそうだ。私がブツブツ文句も言わず、さっさと水やりを終わらせていればこんな風に濡れることはなかったのだから。

「ごめん。」
「何を謝っているのだよ。」
「いや、その…なんていうか、ごめんなさい。」

激しい雨はまだ降り続いていて、夏休みで生徒のいない廊下は薄暗くシンと静まっている。
そんな静かな空気に耐え切れず、零れた言葉は謝罪で。そんな言葉で緑間は足を止めることも、振り向くこともしなかった。

ヒタヒタ、ヒタヒタ、

自分たちの濡れた足音だけが、足跡を残しながらついてくる。

ヒタヒタ、ヒタヒタ、ヒタヒタ、

(……?)

雨の音に紛れそうになる足音に、違和感があった。

ヒタヒタ、ヒタヒタ、ヒタヒタ、
タヒタ、ヒタヒタ、ヒタヒタ、ヒタヒ

(な、なんか足音多くない???)

私と緑間、二人の足音とは別の、

「ね、緑間」
「なんなのだよ、さっきから」
「あの、あのさ、」

背筋が何故かゾクゾクとして、その勢いで緑間に話しかけたその時、

「っ!?!?」

首筋に生ぬるい風を感じた私は、振り返った緑間の胸に飛び込んだ。

***

「こんな事になるとは思わなかった。」

私と緑間の前にいる高尾は、いわゆる『土下座』スタイルで座っている。

「ほ、本当に怖かったんだからねっ!!」

緑間に借りた、大きくて柔らかいタオルに身を包んだ私の心臓はまだバクバクと激しく脈打っている。

「いや、でもほら、結果オーラ…」
「高尾」
「すんませんでした」

高尾の頭を上から押さえつけるように、緑間の冷たい視線が降り注ぐ。

「大丈夫か」
「ウン、ダイジョーブ、デス。」

緑間が私の方を向く。珍しく心配そうな目で。

(とっさの事とは言え、さっきは緑間に抱きついちゃったし、たくましかったし、あったかかったし、ギュッてされたし……ぎゅって、された?)

私の心臓は、まだバクバクと激しく脈打っている。

- end -

14.09.13