「ほら」
「え、でも」
「大丈夫っスよ」
「……うん」
背中を押したのはオレで。
その小さな背中が、どんどん遠くへ走っていく。
彼女が走っていく先に、オレはいない。
手を引いて、舞台に上げたのはオレだった。
先輩を見る目が真剣で、気まぐれにオレから声をかけたのが始まり。
「先輩はいわゆる『黄色い声』って言うのが苦手なんス。あと『集団』」
「そうなの?」
彼女のアシストと称して、オレと一緒にいるときは必ず先輩に挨拶をさせた。
「おはようございます」
「お、おぅ」
最初は戸惑っていた先輩も、段々慣れてきたのか、自分から彼女に挨拶してきた。
「よぉ、おはよう」
「おはようございます!」
オレの隣で、ビクリと肩が跳ねるのを見ると、なんだかムズムズした。
「先輩って、キャプテンだから頼られたら『ノー』って言えない人なんスよね」
「そうなんだ」
だから、わざと廊下で、彼女に日直の仕事のノート運びを押し付けたりして。
「コラ黄瀬っ! 女子に仕事押し付けてんじゃねーぞ!」
「えー。それなら先輩が手伝えばいいじゃないっスかー」
「なっ!!」
「おっと、女子に見つかった!」
『後はお二人で』、なんて。どっかの世話焼きババァよろしく、二人を置き去りにして走って逃げた。
息が苦しくなったのは、フリとはいえ全力で走ったから。
「あのね、先輩って」
「先輩はね、」
「知ってた? 先輩の」
いつの間にか、先輩の情報は彼女のほうがよく知っていた。
「先輩に、好きだって、言われました」
「そーっスか! よかったっスね!」
そして、舞台に幕は下ろされた。
放課後、走る彼女が追いつくのを待って、並んで歩き始めた二人の後ろ姿を見て、オレは初めて気がついた。
オレは、最初から舞台の上になんていなかったんだと。
- end -
13.03.16