「あの頃、私高尾くんのこと好きだったんだ〜」
アルコールが入って、ほんのり頬を赤く染め、潤んだ目で遠い記憶のオレを見る目は、今隣にいるオレを見ていなかった。
偶然再会したクラスメイトと話が盛り上がり、なんとなく『お茶』っていう感じじゃなかったから、飲みに誘ったのはオレの方。
2人だけの同窓会。卒業してから初めて会う、クラスメイト。
とは高校1年から、卒業するまで同じクラスで。
1年のときはそんな話す事もなかったけれど、2年で隣の席になって「去年も同じクラスだったね」て声を掛けられて、初めての声を聞いた気がした。
それからなんとなく挨拶するようになって、授業の事を聞くようになって、互いの部活のことや家のことなんかを話すようになって。
3年で同じクラスになったときは、教室入る前に「今年も同じクラスだぜ」なんて廊下で声を掛けるくらいには親しくなっていた。
が、他の男子と話しているところはあまり見なかった。まあ、オレがに話しかけることが多かったから、きっとそんな機会がなかったんだろうけど。
でも、真ちゃんは別だった。『読書』ていう共通の趣味があったせいか、オレが真ちゃんにを紹介する前から2人は知り合いだった。
「今どんな本読んでるの?」
「今はこれなのだよ」
「……また純文学?」
「純文学は今も昔も色あせないのだよ」
「そうだけど……でも、今流行りのも面白いよ?」
「ふむ。がそういうのなら、読んでみないこともないな」
「じゃあ、今度貸してあげるね」
「ならば、俺もこれが読み終わったら貸してやろう」
「そうだね、たまには普段読まないジャンル読むのもいいかも。しかも、緑間くんのお墨付きだし」
そんな風に、2人で話している間になんとなくオレは入れなくて。珍しく目元が優しくなっている真ちゃんを見て、なんとなく面白くない気持ちになったりした。
(今思えば、好きだったんだろうな)
アルコールにのせた告白を「はいはい」と聞きながら、オレもグラスを傾けて中の液体を喉へ流し込んだ。
こみ上げてくる苦い思いを、体の中へ押し戻すように。
「ふふ、あの頃私ね、高尾くんに内緒で緑間くんに相談してたんだよ?『高尾くんの好みのタイプってどんな子なのかな?』『私のこと、少しは特別に思ってくれてるかな?』てね」
「ブフッ!! えぇ、真ちゃんに? 恋愛相談?!」
今もごくごくたまに連絡を取る元相方の人となりを思い浮かべて、その意外さに口に含んでいたアルコールを吹き出しそうになった。
気難しくて、融通の利かない男。そんな男に恋愛相談とは……
「だって、高尾くんのこと一番知ってるのって、やっぱり緑間くんだったじゃない? だからね、緑間くんから『高尾の好きな女子は以外いないのだよ』って言われたときはね、天にも昇る気持ちもだったな〜」
(ちょっと真ちゃん!? 人のいないとこでなに言ってんのっ!? てか、オマエそんなキャラじゃねーだろっ!!)
カラカラとグラスに残った氷を揺らしながら、はコロコロと笑って、オレも合わせて笑ってはみたけれど……正直、うまく笑えている自信はない。
そんなオレの微妙な顔に気付かず、は夢見がちな顔で思い出話を続ける。
「だからね、卒業式の日に言おうと思ったの。『好きです』って。でも……言えなかったんだ。だって高尾くん、女の子に囲まれてるんだもん。『あんなに女の子に人気のある人が、私なんかを好きなはずがない。緑間くんの勘違いだ』そう思ったらね、言えなかったんだ……」
カラリ、と氷が鳴って、は俯いた。髪に隠れて顔は見えないけれど、口元は笑みの形だった。
「オレの話も、聞いてくれる?」
「うん……」
さっきから喉に流し込んでいるアルコールのせいか、胸はやけに熱いのに、指先が冷たくて少し震えている。男のクセに、情けない。情けなくて、泣きそうだ。
「オレ、さ。高校のとき好きな女子がいたんだよ」
「ま、好きだって気がついたのは卒業して、会えなくなってからだったんだけどな」
「会いたくても連絡取りたくても、気がついたら高校の時にそんな話したことなくてさー。めちゃくちゃ焦った。それまでは学校行けば、絶対会えるんだから連絡先なんか知らなくてもよかったんだよな。そんな事にも気付かなくてさ。本当、オレって馬鹿だよな」
はまだ、顔を上げない。けど、口元の笑みは消えていた。
「だからさ。偶然とはいえ、その好きだった子に会えたときのオレの気持ち、分かる? すっげーテンション上がってんの。でもほら、互いにもういい大人じゃん? そんなテンション上がってんのバレんのも恥ずかしくてさ、なんともない顔して飲みに誘ったりして。でもやっぱ心臓バクバク言ってんの。……聞こえる?」
俯いたままの頭をグイッ、と胸に抱きこんだ。
の頬を伝ってテーブルに落ちた雫を見たら、もう、我慢なんて出来るはずがなかった。
「ごめん。オレが言えばよかった」
「……ううん、私が、勇気出せばよかった」
「そんなことねーよ」
「そんなこと、あるんだよ」
小さく笑ったのか、服越しに少し湿った息が掛かるのを感じて、悔しさで胸がいっぱいになる。
「本当、ごめんな」
「……違う言葉が聞きたい」
「え?」
「ごめん、じゃなくて。違う言葉が聞きたいな」
指先で涙を払って、は少し笑ってそう言う。ごめん、以外の言葉。オレが、に伝えたい、伝えるべき言葉。
それは、
「 」
笑ったの、……の顔を見て、オレは、
また、
恋をした。
- end -
12.10.31