オレはただの傍観者だ。舞台に上がるわけでもなく、舞台袖に立つ関係者でもない。ただ、眺める者。
だからこそ、見えるものがあった。知ることがあった。
だが、何度も言うがオレはただの傍観者。そう思っていた。そのつもり、だったのだよ。
の気持ちを知ってしまったオレは、特に何をするでもなく、時折、何か言いたげなアイツの傍に立ち、その押さえきれなくなった言葉に耳を貸した。
オレは何も言わない。それでも、話し終えたはスッキリとした顔で「ありがとう」と言って笑った。
泣き言は言っても、決して泣かなかった。部活の最中も、今までと何ら変わりはなかった。
だから、誰も気づかなかったのだろう。静かに、密やかに、が高尾と距離を取ったことを。
それまでも、特別親しい間柄の二人ではなかったのだから、気づかれないのは当然と言えば当然のことで。そのことがひどく、オレの興味を引いた。
誰も気が付かない変化を、自分だけが知っている優越感。言葉にすればひどく陳腐な表現だが、これがなかなか面白い。……さすがに、あまり趣味のいいものではない事は自覚しているだけに、口にするつもりはないが。
が距離を取り始めて暫く経った頃、今度は高尾に変化があった。
あの視界の広い男が、やたらと周りを見るようになったのだ。確かに『鷹の目』は俯瞰で見ることが出来るが、それはあくまでバスケの試合中、コートの中をそう見る・把握する事が出来るだけであって、決して超能力のように何もかもが見えるわけではない。
何かを探すように見回しては、そんな自分の行動を理解していないのか、納得できないという顔で溜息をつく。
いつもは人を馬鹿にしたような男のそんな行動は珍しく、しばらく観察をしていれば……なんてことはない。高尾が探していたのは、だった。
いくら人の機微に鈍いと言われるオレでも、と話している時に感じる視線の意味は分かった。まあ、その当の本人に自覚がない分厄介だとは思ったが、こればかりはオレが口を出すことではない。
オレは、ただの傍観者なのだから。
『見えるものしか見ていないから、そういう事になるのだよ』
そう、思わず言葉にしてしまったのは、その数日前のの言葉によるものだった。
「なんだか、この気持ち。やっと消せそうな気がするんだよね」
相変わらず返事を求めない言葉に、目線だけで先を促す。
「告白をしたわけでもないし、フラれたわけでもないから、気持ちがはっきりとした形にならなかったのかな? はっきりとした形になる前に、なかったことにしよう、ないものにしよう、って思ってたら……なんだか、本当に好きだったのかな?て思ってきちゃって」
「……」
「そんな風に思うってことは、もう、好きじゃないよね?」
初めての気持ちを知ってしまったあの日と同じように、俯いた頭に手を乗せたのは殆ど無意識だった。
「それで、オマエが楽になるのなら、そう思えばいい」
「……やっぱり緑間は厳しいなぁ」
そう言って、はまた器用に、泣きながら笑った。
***
それからどうなったかと言えば、特に変わりはない。ただ、
「みど……」
「!」
高尾がの名前を呼ぶ回数が増えた。
「なになに? あー、部活のプリントね。コレ、他のクラスにも配るんだろう? 手伝うぜ」
「え、いや、でも、これマネージャーの仕事で」
「いいって、いいって! 二人でやった方が早く済むだろう?」
「そりゃあ、そうだけど……」
チラリとの目がコチラに向けられたが、オレがその視線を避けるより先に高尾が間に割って入る。
「ほら、行こうぜ。休み時間終わっちまうぞ」
「あ、うん。……ありがとう」
小さく笑ったを見て、高尾も笑う。
学生時代の恋なんて、振り返れば青臭くて甘酸っぱくて、可愛らしいものだろう。
だが、今そこにあるのは、誰にも笑うことなどできない、確かに存在する『恋』という感情。
- end -
14.08.02